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松源寺で過ごした亀之丞

 松源寺が建ち約30年後の天文13年(1544)正月明け、お寺に突然の来客があります。井伊家の跡継ぎ井伊亀之丞と家臣の今村藤七郎でした。亀之丞は、父直満を今川義元により謀反の疑いをかけられ殺されてしまい、自身にも追手が迫りました。当時、井伊家22代直盛の子どもは女の子(後の女城主直虎)であった為、男の子は亀之丞しかいませんでした。この2人は許婚でもありましたので、絶対にこの子を殺させる訳にはいきません。相談に相談を重ね、亀之丞はカマスの中に入れられ背負われながら遠州から信州まで逃げて来たのです。

 松源寺・松岡氏に温かく迎えられた亀之丞はこの地で約10年間過ごす事になります。
 弘治元年(1555)に亀之丞はようやく遠州へ帰る事が出来ますが、許嫁の女の子は既に出家していましたので、亀之丞は名を直親と改め別の女性と結婚する事になります。永禄4年(1561)には虎松(後の徳川四天王・井伊直政)が生まれますが、翌永禄5年12月14日、直親は松平元康(後の徳川家康)と通じているとして今川氏家によって殺されてしまいます。享年27歳でした。