
<7月の掲示伝道>
ある大先輩の和尚様のお母様がお亡くなりになられた時、悲しみから葬儀中お経が中々読めなかったという話を聞いた事があります。普段のお檀家様のご葬儀ではしっかりお勤めしなければいけませんから、どんなに親しい方であろうがそうはいきません。
どちらもご葬儀という点では変わりせん。勿論実のお母様のご葬儀ですから人情に従えばそちらの方が悲しいに決まっているのですが、その和尚様はそれ以来、どちらが本当の私なのか考え、自ずから感謝と反省の念が出て来たそうです。
何時でも何処でも誰にでも平等に、というのは中々出来る事ではないでしょう。それでも仕事をする時には自分が顧客ならそうして欲しいように、何か物を作る時には大切な人に作るように、という思いは絶対の正解ではないかもしれませんが、一つの答えは見つけやすくなるかもしれませんね。
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