
<11月の掲示伝道>
知り合いが地方紙である南信州新聞で小説の連載を始められた。ミステリである。「御本尊、帰る」という。
私の悪い癖で、ミステリを読む時には「この人が怪しい」とか「ここでこの行動をとったのが怪しい」等と勝手に憶測している。(大抵的外れもいい所であるが)それでは折角のミステリも作者様の意図も台無しである。
まず心を空っぽにしようじゃないか。空っぽとは何もない事ではない。精神を充実させる事である。坐禅も
同じである。坐っているだけで良いのなら犬や猫はとっくにお悟りを開いている筈である。精神を充実させ、心が張り切り、水が常に流れているように新鮮な気持ちを持ち続ける事が大事である。池や水たまりにあって水が濁るのは、自分の考えに固執する事にほかならない。そのような気持ちで坐禅中だけでなく、日々過ごせる事を昔の和尚さんが分かり易く「魔訶般若」と言われた。魔訶般若は梵語なので漢字では「大智慧」と言った。僅か2.5㎜、7g程の眼球に無限のものが新鮮に入ってくる。
幸い新聞での連載なので、1日の字数は1000字程度である。昨日は昨日の連載を楽しみ、今日は今日の連載を、昨日を忘れるのではなく記憶した上で新たな気持ちで楽しもうじゃないか、と自分にも言い聞かせる所である。
コメント ( 0 )
トラックバックは利用できません。






この記事へのコメントはありません。